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「リタ・モルディ、オ……」
呼びかけられ、振り返った。
「何?って、ひゃあっ!?」
リタの腕を引き寄せ、抱き留められた。
「な、何すんのよっ、離してッ」
「……寝不足だろう…」

確かに寝不足だが、共に寝る必要はない
「意味が、分かんないわよっ……」
アレクセイは薄く笑った。
「すまない……」
消えるような声でアレクセイは瞳を閉じた。
「ちょ、ちょっと………」
抱き留められるようにされ、リタは身動きが取れなくなっていた。
(…きっと、熱で気がおかしくなったのよね……!)

しかし、この年齢でいえば相手は自分の親と大して変わらないだろう
妙に整っている顔は風邪からか、疲れているように見えた
だがそれがなかったら尚更四十代に見えない
先程まで刻まれていた皺も今はない

(…何でかしら)
アレクセイのことが不思議でたまらなかった。

視界が徐々に暗くなっていくのが分かった。





ふ、と目を開ければ朝を迎えていた。
いくらか瞬きし、体を起こした。
「起きたか」
にこりと笑ってみせたアレクセイは椅子に座っていた。
「…う?」
ゆっくりと体を起こせばいい匂い
テーブルを見ると朝食があった。
「あんたが…作ったの…?」
「…嫌、だったか?」
ぶるぶると顔を左右に振ればアレクセイは落ち着いた表情になる
「…料理、出来るんだ…って、思った」
「し、失礼な……」
若干崩れるアレクセイにリタは笑った。
「食べよ、お腹空いた」

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あれから数日間、精霊について詳しく話して
これからどうあるべきとか、話して実験して

何だか、少しだけだけど
こいつ 本当はいい人なんじゃないかって気がした
でも、あたし 完全には許せてない

「……ちょっと…あんた」
そう声をかけるとアレクセイは短く応答した。
「熱でもあるの?やけに顔赤いわよ」
「…軽い風邪だ、そんなに気にかけることは…」
手に持っていた試験管が割れた。
「っ、すまない……」
リタはアレクセイの裾を強引に引っ張った。
それから乱暴にリタのベッドへと寝かせた。
「黙って寝なさいよ、バカっ」


そう、こいつの知識が必要なだけ
だから体調が悪くなったってどうでもいいんだけど

数日前まではそう思ってた
でも、段々優しさを受け入れてしまって


何であんなに豹変する程になったのか
不思議でたまらなかった、なぜ…?
一人で、辛い重荷を背負ったりしたのだろうか

性格が捩曲がる程、辛かったのだろうか
あの時代に生きた訳ではないから
全くもって知らないが…どうなのだろう


「ッて、あんた…何してんのよ!?」
分厚い本を赤い顔で読んでいた。
「風邪ごときに休む訳には行かぬだろう」
「…迷惑よ、支障が出るから大人しく寝てちょうだい」
本を掻っ攫い、冷えたタオルを額に押し付けた。
「…すまん……」
やけにその言葉は弱く聞こえた。





「…ゔ……」
頭がガンガンする。
非常な痛さで訴えてくる。
アレクセイは上半身を起こした。

そういえば、と思ってリタを捜せば床で倒れ込むようにして寝ていた。
リタを抱え、ベッドに寝かせてやった。
(申し訳ないことをしたな……)
ふらふらする足取りでアレクセイは出て行った。




(……あ、れ………?)
いつの間にか寝ていたようだ
外もまだ真っ暗で真夜中のようだ
あいつが寝ていた自分のベッドは自分が寝ていた。
(あいつ、どこ行ったのよ…!)
すぐに起き上がり、外へ出た。


アスピオ中を捜し回ると、アレクセイは一目につかぬ所で寝ていた。
(……熱出してんのに…こんなんじゃ悪化させるだけじゃない…)


「…、…リタ・モルデ…げほっ、」
「洒落にならないわよ、さっさと来なさい」
リタの家まで強引に連れていき、寝かせてやった。
「今はあんたの事が先決、早く良くしなさいよ」
そう言ったリタ自身も寝不足で体調を悪くしていた。

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「あんた…どこから入って来たのよ」
あまり見たくない人物が軽いノックをして入って来た
白いフードコートがひらりと翻り、その影響で彼の顔がよく映る
「表からだ、それよりも手紙を預かって来た」
アレクセイを怪訝な表情でリタは見た。
「…あんたみたいな奴がのこのこ出歩いていいの?」
「君に…手紙だ、即座に読んで欲しいとのことだ」
サッ、と渡し リタは面倒くさそうにそれを開いて読んだ。
「研究者って…あんたのこと?」
「? 派遣する、だとは言われたが」
「……騎士団も、あんたを追放したクセに勝手なのね」
(…ま、使える人材といえば使えるけど
フレンが手放したくないとか、天然殿下様が気に入ってたりとかかしら)
ちらりとアレクセイを見るとなぜか沈んだような表情をしていた。
その様子にリタは驚き、顔を見なかったことにした。
(な、によ…あの表情……今更…)

手紙には知識として使えるアレクセイをリタに派遣するとのことだった。
以前から有能な人物をこちらに寄越すと聞いていたが、アレクセイだとは思わない。
確かにリタ以上の知識を越える者はアレクセイしか居なかったが

「……あたしはあんたの“知識”しか見ないから
あんたがどうであれ、あたしは知らない」
「…構わん、ところで予定は」
「……朝十時から一時よ、どちらも午前だから覚悟しときなさいよ」
アレクセイは頷いた。
「では、私が派遣で居る間は宜しく頼む」
律義に礼をして、出て行ってしまった。
「…何だか気持ち悪いわね」
軽く溜息をついてリタは先程から続けていた作業を開始した



「リタ・モルディオ」
「来たわね、早速取り掛かるわよ」
分かった、とアレクセイは近寄って来た。
約35cmの差もある相手を見ればリタは眉を潜めた。
「…何か?」
「別に、それよりもこっちに来て」
コツコツと中指の第二関節で黒板を鳴らす。
「これ、ここまで行ってるんだけど……」
アレクセイは黒板を覗き込んだ。

それが夜中の一時まで続いた。
「…ダメ、納得行かないわ……」
リタは頭が働かないと分かっていても無理矢理に動かしていた。
アレクセイに弱い所を見られるのが嫌だから、かもしれない
「リタ・モルディオ」
「何よ……」
苛々して睨むとアレクセイは苦笑して、ホットミルクティーを差し出した。
「あんたが入れたのなんて飲める訳ないじゃない」
「……そうか、…そうだな」
水の流れる音が、跳ねる音がした。

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